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キヲクロスト第二話「タシカナモノハ」
2018.12.15
「気分は落ち着いた?」
動悸(どうき)はまだ収まっていなかったが、その女の子の言葉にアキは静かに笑ってみせた。
「うーん、まず何から説明すればいいのかな……?あ、そうだ!私の名前はマドカ、鉢山マドカよ!」
「マドカ……さん……」
「ちょっと。ずっとマドカって呼んでたんだから、いまさら『さん』づけはやめてよね」
マドカは拗(す)ねるように頬(ほお)を膨らませる。
「すみません……」
「だぁ~かぁ~らぁ~……」
マドカが何かを続けようとしたその時、ガチャリ、という扉が開く音が部屋に響いた。白いスーツのような制服をまとった長身の男が、ベッドの脇に立つ。
「目覚めたのかアキくん」
「ええ、だけどちょっと記憶が混乱しているみたいで……」
「混乱?」
「ヒカリさんを……その……殺したって……」
その言葉にアキは身を乗り出す。
「ちょっと待ってください!ヒカリは、ヒカリのことを何か知っているんですか!?」
「知ってはいるが、ここでそのことについて教えることはできない」
「どうして!」
「我々の作戦任務の根幹に関わる、極秘事項だからだ」
「そんな……」
「休んでいたところを申し訳ないが、君が覚えているかぎりの記憶について話してもらえないか?」
◆
自分が覚えているかぎりのことを二人に話した。もっとも、アキには語れることなどほとんどなかった。ヒカリのこと、ヒカリと何者からか逃げ回っていたこと、襲ってきた怪物がヒカリだったこと、そしてそのヒカリをアキが手にかけてしまったこと。言葉を詰まらせながらしゃべるアキに、二人は神妙な面持ちで耳を傾けてくれた。
「なるほど。我々が知っている話とは微妙な食い違いがあるな」
「食い違い、ですか?」
「ああ、詳しい理由はわからないが、それはつまり―――」
突然、施設全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「代々木公園付近にて、大量のヴィジョンズを補足。戦闘員は至急現場に向かってください」
「まったく、敵さんはこっちの事情なんてお構いなしだな」
「すまないが、アキくん。君も一緒に戦ってくれないか?」
突然の言葉に、アキは戸惑う。
「僕が、ですか?そんな……無理ですよ」
「覚えていないかもしれないが、君は私たちが知る限り、最高のリアライザだったんだ。君が語ってくれた記憶の中で出てきた、光を操る能力、それが君の力だ」
「無茶ですよコウさん!アキは今目が覚めたばっかりで、記憶もなくして……とても戦える状態じゃないです!」
「無茶は承知だ。だが状況はそれだけひっ迫しているんだ。アキくん無しでは、とても戦えない」
うつむくアキの肩を、コウと呼ばれた男が掴(つか)む。
「君のような若者に頼み込まねばならない我々の不甲斐なさは責めてもらっても構わない。だが、ヒカリさんを助けたいなら、我々に協力してもらえないか?」
「ヒカリは……生きてる?」
「ああ。だが、彼女は今敵の手に堕(お)ちている」
「敵?」
「ホワイトレイブンと呼ばれる、人工知能メーティスを崇拝する狂信者たちの組織だ。我々は彼らを倒して、人類に平和を取り戻すために戦っている。頼む、アキくん。我々の肩には、人類全体の未来がかかってるんだ」
コウの真剣なまなざしに、アキはうつむき視線をそらす。
「……おかしいですよ、そんなの」
ベッドから起き上がり、部屋を出ていくアキを、コウの言葉が追いかける。
「アキくんっ!」
ふと、アキは上着のポケットに何かが入っていることに気がついた。
それは、ヒカリがつけていた髪飾りだった。
「どうして、これが……?」
――『アキは生きて……世界を変えて……こんな絶望しかない世界じゃなくて、みんなが平和に暮らせる明るい世界を……」』――
ヒカリが残した最後の言葉を思い出す。世界を変える……はたして、そんな力が自分にあるのだろうか。
アキは深く息を吸う。気がつくと、胸の動悸はおさまっていた。
「……いきなり人類の未来なんて言われても、正直僕にはよくわかりません。でもそこにヒカリがいるなら、彼女を助けることができるなら、そのために僕はなんだってします」
「アキくん……」
「アキ……」
マドカがパンと大きく両手を打つ。
「よーし、決まりね!無敵の宇田川隊と呼ばれた力、見せてあげるわ!」
コウが右手を差し出す。アキはその手を固く握りしめる。
「改めて自己紹介するが、クランクロウ東京支部特殊強襲部隊、隊長の宇田川コウだ。よろしくな」
◆
作戦室へ向かうアキを見送ってから、マドカはふう、とため息を吐いた。
「よくまあ、あんなでまかせが言えたものね」
「ウソはついていないさ」
コウは肩をすぼめながらおどけてみせる。
「それより君のほうこそ、女優顔負けの大した演技だったじゃないか。献身(けんしん)的に看病する恋人かと見間違えたよ」
コウの冗談に、マドカはキッと彼をにらみつける。
「私は、彼を助けたいだけ。……そうじゃなきゃ、彼があまりに救われないじゃない」
「彼を救いたいのは僕も同じさ。ただ彼が求める真実は、彼自身を深く傷つけてしまうことになる」
「……」
「彼が真実を受け止めるためには、その『下地』が必要なんだ。彼が絶望することのない世界、それが私たちが目指すゴールだ」
「そのために、ウソで塗り固めた幻想で彼を騙(だま)し続けるの?」
「それは仕方ない、『必要悪』ってやつさ。……この不毛な戦争を終わらせるためなら、僕はどんなことだってする」
「きっと地獄に堕ちるわね、わたしたち」
「麗(うるわ)しき乙女がご同伴なら、ヴァルハラへの旅路も悪くないな」
その軽口にマドカは再び大きなため息をつく。
「ヴァルハラって、死んだ後まで戦わせる気?せめてあの世でくらいは、普通の女の子らしい生活がしたいわ」