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キヲクロスト第四話「聖杯の王」
2018.12.20
アキは精神を研ぎ澄ます。何よりも疾(はや)く、何よりも強く。イメージが強くなるにつれてアキの右手に光が点(とも)り始め、放出された光は、まさしく光の速さでマドカの目の前に降り立った。
「これがアキの、ヴィジョンズ―――」
その身に燃える甲冑(かっちゅう)を纏(まと)った勇ましき武将―――まるで歴戦の名将のような風格を放つそのヴィジョンズは、ぐるぐると長槍を回して、迎撃の姿勢をとる。
すでにマドカの眼前まで差し迫っていた黒衣の人間のヴィジョンズは、両手に短剣を構えてひらりと踊るように宙を舞った。そこ目がけて、アキのヴィジョンズが長槍を突き出す。
ぐにゃり、とヴィジョンズがゆがむ。それはもはや生物としての避け方ではなかった。空間から押し出されたかのように、そこだけヴィジョンズの形が変わったのだった。
「くっ!」
ヴィジョンズが回避した隙を突いて、マドカがホルスターから取り出した拳銃で銃弾を撃ち込むが、それすらも短剣で難なく弾かれてしまう。
「まだだ!」
槍を突き出した推進力を使って、アキのヴィジョンズが空中に飛び上がる。そしてくるりと反転すると、今まさにマドカを凶刃にかけようとする敵ヴィジョンズめがけて長槍を投擲(とうてき)し、背後から一刺しにした。
「……と」
尻もちをついているマドカの隣で、串刺しになったヴィジョンズが光の粒となって消えていく。
「なによ、この力……」
「大丈夫か、マドカ!……マドカ?」
駆け寄るアキをマドカは思い切り抱擁(ほうよう)する。
「すごい!すごいすごーい!さすが『聖杯の王』よ!やっぱりあんた、とんでもないリアライザだわ!」
「く、苦しいってマドカ……せ、聖杯の王って?」
「聖杯の王は、予言に現れた世界を救う救世主なの!『ウグイス』がそう言って囁(ささや)いたの!」
マドカの言っていることはよくわからなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではないことを思い出す。
「そういえば、黒いマントを羽織った人間がまだそこに!ヴィジョンズを倒すと同時に姿を消したけど、まだ近くにいるかもしれない!」
「その点はたぶん心配いらないわ。ヴィジョンズを召喚するにはすごい精神力が必要だから、破壊されちゃうとしばらく召喚することはできないの。近くにいたとしても、戦う力はもうないはずよ」
服についた砂ぼこりを払いながらマドカが言う。
「それならいいけど……なんかあいつからは、ものすごく嫌な感じがしたんだ」
「同感ね。あんな強いヴィジョンズが扱える人間なんてそうそういないわ。うん、まあ……そうであってほしいけど……」
「自信ないのかよ」
アキのその言葉にマドカが反論する。
「しょうがないじゃない!ここは敵の本丸よ?ものすっごく強いリアライザがうじゃうじゃいてもおかしくないんだから!……ってあれ?そういえばアキ、いつのまにか敬語を使わずに普通に喋れてるじゃない」
「……あれ、ホントだ」
「うん!やっぱりアキはそうでなくっちゃ!よーし、その調子で敵のアジトに行っちゃおーっ!」
そう明るく歩き出すマドカの後ろ姿を見ていると、突然アキに、はっきりとはいえないが何か確信めいた違和感が襲ってきた。その得体のしれない気持ち悪さに、ぐっと胸を押さえる。そのざわつきの答えを見いだせないまま、アキは足早にマドカの後を追った。
◆
再び代々木国立競技場へと向かう二人を、廃墟(はいきょ)の窓から黒衣の人間が眺めていた。
「姿を見ないと思って探してみれば、こんなところにいたのですか。あまり勝手な行動は慎(つつし)んでもらいたいものですね」
その背後にあった石柱の影から、黒いスーツを着た男が現れる。
「だって彼は、私の大事なおもちゃだもの。たくさん遊んであげなくちゃ、可哀そうじゃない」
「まったく。本当にいい性格をしていますねえ、貴女は」
黒衣の女がくすくすと笑う。彼女が右手をかざすと黒い霧からヴィジョンズが現れ、黒いスーツの男も連れて、再び闇の中へと消えていった。