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キヲクロスト第五話「撤退命令」

2018.12.22

キヲクロスト第四話「聖杯の王」

 

「窮地(きゅうち)を救っていただきありがとうございます!」

 

敬礼したまま微動(びどう)だにしない小隊長に、マドカはひらひらと手を振る。

 

「いーのいーの。それよりあんたたち、ヴィジョンズ相手に無理な戦闘は仕掛けないこと。あんなんじゃ命がいくつあっても足りないわ」

 

「申し訳ございません!」

 

ますます委縮(いしゅく)して石のように固まる小隊長を見て、マドカははあ、とため息をつく。

 

「……まあいいわ、私たちは今代々木国立競技場に向かっているの。あんたたちもついてきて、そこでほかの部隊と合流しなさい。そこまでは私たちも同行してあげるから」

 

「は……?はっ、『氷笑の戦姫』の異名を持つ鉢山様とご同行させていただけるなど、光栄至極(こうえいしごく)であります!申し遅れましたが、私、東京支部戦術歩兵科第28小隊、小隊長の並木、並木ヒロトであります!よろしくお願いいたします!……む、失礼ですが、そちらの御仁(ごじん)は?」

 

「あ、僕は――」

 

自己紹介をしようとするアキをマドカが慌てたように遮(さえぎ)る。

 

「あ、ああ!この子はアキ!私の友達なの!」

 

「そうでありましたか!ではご友人ともども、しっかり護衛させていただきます!」

 

哨戒(しょうかい)を兼ねて誘導する並木たちを見ながら、アキは小さくマドカに囁(ささや)く。

 

「すごいんだな、マドカって」

 

「まあリアライザは戦略の要だから、これくらいは普通よ。個人的には『氷笑の戦姫』なんて恥ずかしい異名で呼んでほしくはないんだけどね。なんか冷たい人間みたいじゃない?姫ってつくのはうれしいけど」

 

確かにあれだけの戦力差があれば、一般兵にとってリアライザは天上人のような存在にとらえられることにも不思議はない。だが、だとしたら、なぜ自分のことは誰も知らないのだろう。そんなアキの思考を読んだかのように、マドカは続ける。

 

「その中でもアキは特別に特別なの!だから簡単に自分の身分を明かしちゃったりしたらダメなんだからね!……そして約束して、決して無茶なことだけはしないって」

 

そう言ってマドカはじっとアキを見つめる。

 

「う、うん、約束する」

 

その真剣さにアキは思わずたじろぐ。まるでアキの知らない何かを見てきたかのような、そんなまなざしだった。

 

「マドカは、俺に何か隠し事はしてない?」

 

「んーん?私はいつだってアキの味方だよっ!」

 

そう笑って言うマドカは、アキの肩をポンと叩いて先を促す。歩む先には、もう代々木国立競技場が近づいていた。

 

 

「それでは自分たちはここまででありますが、どうかお二人にご武運があらんことを!」

 

姿が見えなくなるまで敬礼を続ける並木たちに見送られながら、いよいよ代々木国立競技場内に侵入する。

 

「ここから先はヴィジョンズの巣窟(そうくつ)よ。私たちの任務はヴィジョンズの殲滅(せんめつ)だから、見つけたら容赦(ようしゃ)なく倒すこと!不意打ち、トラップ、金的、なんでもあり!」

 

「最後のやつはヴィジョンズに効果あるのかな……」

 

「とにかく情けは無用よ!」

 

狭い通路を地下へ地下へと進みながら、徘徊(はいかい)するヴィジョンズを倒していく。

 

「これなら、なんとかいけそうだ」

 

ヴィジョンズの扱いも段々と慣れてきた。まだそこまでの疲労はないが、ヴィジョンズが精神エネルギーを消費して生み出すものならば、必要最小限の動きで敵を倒すことが重要になるはずだ。

 

「あいかわらず、戦闘センスは抜群ね。私も負けてられないわ!」

 

マドカのヴィジョンズが錫杖(しゃくじょう)を振りかざすと、一直線に走った氷床が敵ヴィジョンズ3体をまとめて氷漬けにした。

 

「ふう、これでここら辺の敵はあらかた片付いたかしら?」

 

「そうみたいだな」

 

「コウさんたちはなにやってるのかしら。作戦ではここが任務遂行後の合流地点のはずだけど」

 

一休みするアキとマドカのところに、手傷を負ったコウが現れた。

 

「コウさん!」

 

「……すまない、作戦は失敗だ」

 

「失敗ですって!?」

 

「ああ、メーティスの抵抗が激しいだけでなく、どうやら一人やたら強いリアライザがいるらしい。これ以上深追いしても、被害が拡大するだけだ」

 

「そんな……」

 

「じきに撤退命令が出る。二人とも僕と一緒にここを離れるんだ」

 

二人を連れて出口へと向かおうとするコウをアキが引き留める。

 

「先に交戦している部隊はどうなるんですか?」

 

「撤退命令は彼らにも伝わるだろうが、現実に行動にうつすのは難しいだろうな」

 

「なら、俺はここで戦います」

 

「アキくん!」

 

「俺はもう誰も失いたくありません!俺が行けば状況は変わるかもしれない!俺は最高のリアライザなんでしょう!?」

 

「だが、しかし……」

 

コウの返答を聞く間もなく、アキは駆けだした。

 

「私もアキについていくわ。止めたって聞かないんだから」

 

「……途中、何かあったのか?」

 

「ううん、何も。きっと、あれが彼の本質なのよ」

 

「……そうだといいけどな」

 

「で?コウさんはどうするの?まだ戦えるんでしょ?」

 

マドカの言葉にコウは肩をすぼめる。

 

「やれやれ、子供の無茶をフォローするのは大人の役目だ。ついていくしかないさ」

 

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