News
キヲクロスト第一話「ゼツボウの先」
2018.12.12
誰かが、泣いていた。
茫漠(ぼうばく)と広がる瓦礫(がれき)の中で、腕にそれを決して離さないように、壊さないように。
赤子のように、泣いていた。
それはとても悲しく、独りよがりで、どうしようもないほど、救い様のない光景だった。
彼を救えるものなどいなかった。
なぜなら、彼こそが救い手だったからだ。
彼が救おうとする世界に、彼を救ってくれる者はいなかった。
それでも、世界中の人間が彼を糾弾(きゅうだん)し、石を投げ、十字架にはりつけようとも、彼は世界を救わねばならない。
たとえそれがどんなに理不尽なものであろうと、それが彼の存在証明だからだ。
だから、彼は鳴いた。
生まれたての赤子のように。
それ以外にできることなど、もう何も残されていなかった。
◆
「……アキ」
目じりには、涙を湛(たた)えた感覚が残っていた。
「……アキッ!」
衝撃とともに、柔らかな感触がアキを包み込む。果実のような、みずみずしい甘い香りが鼻腔(びくう)を刺激した。
「よかった……無事で……」
アキの手を取り、ベッドの脇に置いてあった小さな椅子に座りなおしながら、彼女はそう言った。きっとずっと看病してくれていたのだろう、目元にはうっすら涙が浮かんでいる。だが、その姿に見覚えはない。
「ここは……あなたは……?」
「ちょっと、何言ってるのよアキ?」
「何も、思い出せないんです。あなたが誰なのか、僕は何をしていたのか、僕はいったい誰なのか」
「もしかして、記憶が……ないの……?」
その言葉に静かに首を振る。なんとか記憶を呼び起こそうとしたその時、突如、強烈な頭痛とともに、鮮烈なフラッシュバックがアキを襲いかかった。
「ああああああああああ!!!」
「ちょっとアキ!どうしたの!?」
胃の腑(ふ)を締め上げるような吐き気。頭が割れるような激しい頭痛。明滅するように記憶が目まぐるしく脳裏を駆け巡っていく。
「僕が……」
「僕が……ヒカリを……殺した……」
◆
そこかしこから銃声が響くビルの階段を駆け上がっていく。その手は強く彼女を握りしめていた。アキの最愛の恋人、ヒカリ。
「早く走るんだ!」
「ダメ、もう息が……」
立ち止まる二人を、銃火器を持った兵士たちが取り囲む。
「クッ……」
アキは右手をかざして、精神を集中する。
「ヴィジョンズ!」
その言葉とともに、右手から放たれた光が形を帯び、兵士たちに襲いかかる。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「はぁ、はぁ……ケガはないか、ヒカリ」
「ごめんなさい、アキ。私がいても足手まといにしかならないから、アキ一人だけでも逃げて」
「バカ、何言ってんだヒカリ!生きて、二人でここから逃げ出すんだ!やっとここまで来たんじゃないか!」
「無理だよ。私のせいでアキにもしものことがあったら、私……」
「ヒカリ……」
その時、ビルの壁を打ち破って、巨大な怪物が二人の間を引き裂いた。
「ヒカリィィィ!!!」
再び呼び起こしたヴィジョンズでその怪物を打ち倒す。だが、横たわった怪物はみるみる姿を変え、やがて少女へと変貌した。ヒカリだった。
「どう……して……?」
「これでいいの……アキは生きて……世界を変えて……こんな絶望しかない世界じゃなくて、みんなが平和に暮らせる明るい世界を……」
そう言い残して、彼女の目から光が消えた。
「ヒカリィィィィィィィィイ!!!」
慟哭(どうこく)するアキの傍(かたわ)らに、謎の男が立っていた。
「苦しい?狂おしいほど苦しい?素敵なことよ」
「絶望のその先にこそ未来はあるの。さあ、創造なさい、聖杯の王よ。あなたが望むままの世界を!」
「ああああああああああ!!!」
アキが右手をかざすと、世界をまばゆい光が包み込んだ。