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キヲクロスト第一話「ゼツボウの先」

2018.12.12

誰かが、泣いていた。

 

茫漠(ぼうばく)と広がる瓦礫(がれき)の中で、腕にそれを決して離さないように、壊さないように。

 

赤子のように、泣いていた。

 

それはとても悲しく、独りよがりで、どうしようもないほど、救い様のない光景だった。

 

彼を救えるものなどいなかった。

 

なぜなら、彼こそが救い手だったからだ。

 

彼が救おうとする世界に、彼を救ってくれる者はいなかった。

 

それでも、世界中の人間が彼を糾弾(きゅうだん)し、石を投げ、十字架にはりつけようとも、彼は世界を救わねばならない。

 

たとえそれがどんなに理不尽なものであろうと、それが彼の存在証明だからだ。

 

だから、彼は鳴いた。

 

生まれたての赤子のように。

 

それ以外にできることなど、もう何も残されていなかった。

 

 

「……アキ」

 

目じりには、涙を湛(たた)えた感覚が残っていた。

 

「……アキッ!」

 

衝撃とともに、柔らかな感触がアキを包み込む。果実のような、みずみずしい甘い香りが鼻腔(びくう)を刺激した。

 

「よかった……無事で……」

 

アキの手を取り、ベッドの脇に置いてあった小さな椅子に座りなおしながら、彼女はそう言った。きっとずっと看病してくれていたのだろう、目元にはうっすら涙が浮かんでいる。だが、その姿に見覚えはない。

 

「ここは……あなたは……?」

 

「ちょっと、何言ってるのよアキ?」

 

「何も、思い出せないんです。あなたが誰なのか、僕は何をしていたのか、僕はいったい誰なのか」

 

「もしかして、記憶が……ないの……?」

 

その言葉に静かに首を振る。なんとか記憶を呼び起こそうとしたその時、突如、強烈な頭痛とともに、鮮烈なフラッシュバックがアキを襲いかかった。

 

「ああああああああああ!!!」

 

「ちょっとアキ!どうしたの!?」

 

胃の腑(ふ)を締め上げるような吐き気。頭が割れるような激しい頭痛。明滅するように記憶が目まぐるしく脳裏を駆け巡っていく。

 

 

「僕が……」

 

 

「僕が……ヒカリを……殺した……」

 

 

そこかしこから銃声が響くビルの階段を駆け上がっていく。その手は強く彼女を握りしめていた。アキの最愛の恋人、ヒカリ。

 

「早く走るんだ!」

 

「ダメ、もう息が……」

 

立ち止まる二人を、銃火器を持った兵士たちが取り囲む。

 

「クッ……」

 

アキは右手をかざして、精神を集中する。

 

「ヴィジョンズ!」

 

その言葉とともに、右手から放たれた光が形を帯び、兵士たちに襲いかかる。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

「はぁ、はぁ……ケガはないか、ヒカリ」

 

「ごめんなさい、アキ。私がいても足手まといにしかならないから、アキ一人だけでも逃げて」

 

「バカ、何言ってんだヒカリ!生きて、二人でここから逃げ出すんだ!やっとここまで来たんじゃないか!」

 

「無理だよ。私のせいでアキにもしものことがあったら、私……」

 

「ヒカリ……」

 

その時、ビルの壁を打ち破って、巨大な怪物が二人の間を引き裂いた。

 

「ヒカリィィィ!!!」

 

再び呼び起こしたヴィジョンズでその怪物を打ち倒す。だが、横たわった怪物はみるみる姿を変え、やがて少女へと変貌した。ヒカリだった。

 

「どう……して……?」

 

「これでいいの……アキは生きて……世界を変えて……こんな絶望しかない世界じゃなくて、みんなが平和に暮らせる明るい世界を……」

 

そう言い残して、彼女の目から光が消えた。

 

「ヒカリィィィィィィィィイ!!!」

 

慟哭(どうこく)するアキの傍(かたわ)らに、謎の男が立っていた。

 

「苦しい?狂おしいほど苦しい?素敵なことよ」

 

「絶望のその先にこそ未来はあるの。さあ、創造なさい、聖杯の王よ。あなたが望むままの世界を!」

 

「ああああああああああ!!!」

 

アキが右手をかざすと、世界をまばゆい光が包み込んだ。

 

第二話「タシカナモノハ」

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