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キヲクロスト第十一話「救世主の資格」
2019.1.30
基地に戻ると、全体がお祭りのような祝勝ムードだった。メーティスのブレインサーバーを落としたにもかかわらず、驚くほど被害が軽微だったからだ。一度は完全に戦線が崩壊していたのだから、奇跡にも近い出来事だった。ただ、それはめでたいことには違いないが、これまでの戦いの激しさも同時に物語っていた。
「いつまでもうじうじしてないで、自分の活躍にどーんと胸を張りなさい!」
マドカにはそう言われたものの、やはり気分は落ち着かない。あのとき自分は、ヒゲキの言葉に完全に我を失った。そうして自我を飲み込まれながらも、その光景を俯瞰(ふかん)でみている自分もいて、その圧倒的な力に快感さえ覚えた。そんな人間に、世界を救う資格などあるのだろうか。
「ちょっといい?」
突然の背後からの言葉に思わず身じろぎする。振り返ると、そこにはアスハが立っていた。
「あなたの心、のぞかせてもらった」
「え……こ、心を?」
冗談なのか、それとも本気なのか。理解できずアキは戸惑うが、かまわずアスハは続ける。
「あなたにはあなたを守ってくれている人がいる。あなたの過去は知らないけれど、あなたは決して一人じゃないわ」
それだけ言い残すと、またアスハはどこかへ行ってしまった。
「アスハには人の心を読む力があるの。我を失ったアキを助けてくれたのは彼女なんだから、あとでちゃんとお礼言っときなさい」
その様子を見ていたのか、立ちすくむアキにマドカが話しかけてきた。
「そう……なのか」
話し方は淡々としているが、アスハの声を聞くと不思議と心が安らいだ。それも彼女のリアライザとしての特性なのだろうか、それとも彼女自身が持って生まれたものなのだろうか。
「さて、気分休めはここらへんでお開きにして、コウさんがみんなを呼んでいるわ。代々木のブレインサーバーから得た情報で、別のブレインサーバーの位置が割り出せたみたい!」
◆
「戻ってすぐに次の作戦というのは申し訳ないが、私たちには一刻の猶予もない。次の地点はここ、宮益坂にある廃モール内だ。東側の棟と西側の棟に、それぞれブレインサーバーが一つずつある。前回以上の激戦が予想されるが、長期戦になると厄介だ。人員を二手に分けて速やかに撃破する」
「無茶や無理難題はもう聞きなれたわ。まあ、前回あれだけ消耗して連戦ってのはさすがに不安だけど」
「その点はまったく心配なしじゃ!」
「あ、猿楽町博士」
部屋の扉が開くと、勢いよく科学者らしき背の低いモヒカンの老人が部屋に入ってきた。猿楽町博士と呼ばれたその老人の横にはアキたちを救出してくれた、ウニッチと呼ばれるヴィジョンズがふわふわと浮かんでいる。
「お前たちを回収してきたこのウニッチじゃが、こいつには癒しの力があって、ほんの30分も中に入れば、温泉に浸かったくらい心も体もリフレッシュじゃ!わしのリウマチもすっかり治ってしまったわい!」
そう言いながら、博士は激しく体を上下に揺さぶる。
「ほれみろ、まるで往年のロックスタ……あ!あだだ、まあ治療が主体じゃから、決して身体能力が強化されるわけではないところに注意が必要じゃ……」
今の動きで痛めたのか、博士はとんとんと腰を叩く。
「そういえば乗り心地が最悪すぎて気づいてなかったけど、たしかになんだか体が軽くなってる気がするわ」
「ウニッチィ……」
マドカの言葉を聞いて、ウニッチの触角がしょんぼりと垂れ下がる。
「ああ、ごめん!別にあなたが悪いわけじゃないの!」
慌てたマドカがウニッチを撫でさする。
「あれ、この子見た目に反してものすごくモフモフして気持ちいいわ。あぁ、癒されるぅ」
ウニッチを抱き枕がわりにし始めたマドカを見て、コウがコホンと咳ばらいをする。
「……話を進めていいか?」
「はいどうぞ~」
寝たままの姿勢でマドカが答える。
「……作戦行動のチーム分けだが、私とシンとマドカが東側のモール、アキとアスハが西側のモールだ」
それを聞いたマドカがガバッと起き上がる。
「アキとアスハの二人で大丈夫なの?」
「代々木の戦闘ではっきりしたが、経験は浅いとはいえ、リアライザとしての総合能力はアキくんが一番上だ。アスハならその経験の部分を補うことができるし、万が一前回のようなことがあれば、止められるのは彼女だけだ。戦力を均等に分散させるベストがこれだと判断したまでだ」
「う……それなら仕方ないけど……」
「私情は挟むな。私たちがやっているのは戦争だ。判断を誤れば、みんなが危機に陥る」
「……」
「俺はコウさんに従いますよ。俺はまだコイツに心を許したわけじゃない。この組み合わせのほうが作戦を遂行するにはいい」
シンはそう言うと、ガタッ、と椅子を引いて立ち上がる。
「ちょっと!どこ行くのよ!」
「もう会議は終わっただろ?ならさっさと準備に入った方がいいんじゃないのか?」
そう言い残してシンは部屋から出て行ってしまった。ミーティングルームに重苦しい空気が流れる。
「なによ、私はあなたと同じチームなんですけど?作戦に支障が出そうなくらいイライラさせられてるんですけど!?」
口をとがらせてむくれるマドカにアキが謝る。
「ごめん、俺のせいで……」
「あなたが気にすることはないと言ったはずよ」
アキの言葉を、今度はアスハが席を立って遮(さえぎ)る。
「私も行くわ。準備ができたら声をかけて」
◆
結局、なし崩し的に会議はそれまでになってしまった。マドカとコウが部屋を出ていき、残されたアキも部屋を出ようとしたとき、それまで黙っていた猿楽町博士が口を開いた。
「まったく、若いもんというのは自分の意見を押し付け合うばっかりで……これだから青春というやつは厄介じゃのう」
「猿楽町博士……」
「アキくんや。たしかにリアライザというのは人智を超えた、世界を簡単に変えられるほどのとんでもない力を持っておる。いや、リアライザに限った話ではない。人間ならだれでも、世界を変える力なんてものは持っておるのじゃ。そのことに気がついていない人間が大半じゃがな」
「……」
「力を持つことに悩む必要はない。問題なのは使い方じゃ。君の望む世界が、人々にとって善きものであることを願っておるよ」